虚空星響
A Voice,The Pulsar-Ensphere

                      菅野 由弘


 コンピュータから吐き出される数字、数字、数字、数字の山、これがパルサーデータとの出会いである。

 自然界のあらゆるメッセージを聞き、音楽にしてみたい、そんな夢を見ていた。その思いを実現すべく、宇宙科学研究所の平尾淳一氏がインターネットを通じて私に送って下さったデータを、最初に見た時の印象がこれである。

 走らせても走らせても数字が続き、しまいにコンピュータは止まってしまった。


 すべての楽器は、自然界からの賜り物である。


 木片がころがっている、これを叩いてみた、いい音がする、竹が落ちていた、吹いてみた、これもなかなか---。

 太鼓の膜や金属にしても、人間がその知恵によって作ったものだが、やはり自然界の存在を「加工」し取り出したものだ。音楽も、空気の振動を人間が聞き出して加工したものだ。太古からの声を聞き、最後に何かをつけ加える。


 パルサーと呼ばれる星から一万光年の時空を越えて送られてくる電波も、やはり自然界からのメッセージである。ただこれをキャッチするためには、巨大なパラボラアンテナ、データ処理を必要とする。

 物体の代わりにデータを受け取り、吹く、叩く、といった行為の代わりにコンピュータが介在する。自然の声の聞き出し方はかなり様子が違ってくるが、それでも自然界からの賜り物であることは間違いない。


 実際にパルサー・データを音に変換してみる、音律、音列、リズム、音量、定位など様々な音楽の要素にあてはめてそのメッセージを聞くと、数字データがいとおしく見えてくる。一本の竹を慈しみ、穴を空けて徐々に自分の楽器にしていった古代の人々と同じ感覚を味わっているような気がする。


 こうして作られた星の音楽素材で、千年の伝統が息づく聲明を「梱包」し、新しい音楽を創り出そうとしたのがこの作品である。

 「梱包」とは奇妙な言い方、と思われるかも知れない。ブルガリア生まれで、アメリカの市民権を持つ、クリスト・ヤヴァシェフという世界中を「梱包」している芸術家がいる。

 ローマのポルタ・ピンツィアーナと呼ばれる壁を、パリのポン・ヌフという橋を、ベルリンのライヒスターク(旧ドイツ帝国国会議事堂)をそっくり巨大な布で梱包してしまう、といった作品を生み出している大変エキサイティングな活動を展開している作家だが、私は、この「梱包」に共感し影響を受けた。

 例えば橋を梱包する。橋の形は変わらないし、その上を人や車が渡り、下は水が流れ船が行き来するという機能は全く変わらない、にもかかわらずその橋は布に包まれた異次元の物となる。

 コンピュータ音楽と聲明が、並列的に並ぶのではなく、アンサンブルをするのともやや違う、どちらかが従属するのでもなく、もとより競争するのでもない、まさに「梱包」という概念が相応しいと思う。

  聲明の声の持つ始源性と神秘性は、現代の我々にも時空を越えて直接訴えかけてくる。僧侶の読経という純粋な宗教行事が、宗教を越える表現を持つに至ったのは、声の持つ人間の根元への語りかけが、我々の心を直接揺さぶる、まさに振動が響きとなる瞬間を体現させてくれるからに違いない。この素晴らしい「振動」を伝統のままに置くのではなく、新しく息づかせる、最新のテクノロジーの中に息づかせ、「梱包」してみたい、それがこの「虚空星響」である。


 聲明とパルサー音楽の幸せな出会いであることを願って止まない。