波のキャンバス



 砂漠の砂に吸い込まれていく一滴の水、音楽とはこんな物では、と思う。

 そこに水筒を差し出すのは人間の叡知だろう、オアシスを出現させるのは神の技だろうし、そこに潅漑用水を引いてくるのは、高度な文明のなせる技。

 「一滴の水が、何の役に立つの?」そう、何の役にも立たない、でももしかしたら一滴の水を見た人間は、そこに希望を見いだしてくれるかもしれない、そんな淡い期待を持って音楽を作っている。


 世界の小さな、しかし個性溢れる美術館を旅し、紹介する番組「世界美術館めぐり」、旅のつれづれに出会う小さな町と、そこに住む人々、そんな中で見る一枚の絵は、オアシスにも等しい一滴の水。


 そう、私は小さな旅の音楽を書こう。


 一滴の水は川になり、やがて大きな海に、この言い古された、しかし真実の姿。それを追い求めている内に、一滴の水の存在は忘れ去られる。

 音楽の小さな旅、曲の中にあなたの一枚の絵を見つけて頂ければ、作曲者としてこんな嬉しいことはありません。大海の中に、もういちど一滴の水を見いだすように。


 水面に映る音楽、そこに集う絵画たち、「透明な果物」「忘れられた風」「森の銀河」「浮かぶ石」などなど、静かに、しかし凛として存在する。波のキャンバスに描かれた光の物語を探し、鮮やかな孤独の時を過ごす。心やすらぐ時間に、ちょっと変わった時が見える。七つの卵が孵る日はいつのことだろうか。使われぬはずの鍵を使って、旅の扉を開こう。扉の向こうは大海原だ。


 静かな時間を持つことが大変難しい今、ほんの少しでも心静かな時を持ちたい。そんな時間にこのアルバムの扉が開かれることを、楽しみにしています。


 あなた自身の小さな絵は、どの曲ですか?