山河憧憬

「紫霞」


桐はやさしくてつよい木である。

嫁にいく娘みたいに。

いのちを枯らす

地吹雪の重圧に身をさらし。

二十年ちょっとは辛抱して。

嫁にいく日を

待っていただろうか。

娘と一緒に。

娘の思いをいっぱい詰めた

ひと棹の

箪笥に生まれ変わって。

桐は夢を見る。

桐の夢は

桐といっしょに

暮らしに耐えてきた

多くの人の夢である。

雪の消える五月。

いっせいに花を開いて。

夢と同じいろに空を染めて。

桐は寡黙でやさしい木である。

子供たちがそれを知るのは

ずっと

あとあとのことだとしても。

桐がしずかに

はぐくんできたものが

どんなものであるかを

やがて

だれもが知ることとなる。 

桐も結構

はるかな道を旅してきたのだ。

この山あいのちいさな村を

終の栖と定めるまで。

あるとき箜篌となり

あるときは琴となって

清明の響きを世に伝えるのは

その歴史を伝えるのである。

雪が降って溶けて

また雪が降って根雪になって。

村も桐も

ひととき眠りにつく。

枝先に

固いつぼみを抱いたまま。

冬は長く

角巻に固く体を包んで

村も桐も春を待ちこがれる。

雪の下に

小さなせせらぎの

声を聞くまで。

やがて春。

空を染める

うす紫の花のかすみは

みんなの夢を染めるだろう。

そこにいる人にも

いない人にも。

風はどんな遠くにでも

さわやかな花の薫りを

運ぶだろう。

五月。

いちめんに花が咲く日に。





       (詩:三谷晃一)


        NHKハイビジョン
   映像と音楽と詩による作品